まず地政学とは

まず地政学とは

地政学とは、地理学と政治学を統合し、地理的条件が国家の政治・経済・軍事・外交・国際関係に与える影響を分析や研究する学問を指します。スウェーデンの政治学者チェーレンが提唱し、ドイツの軍人ハウスホーファーによって大成しました。

地政学では、国の地理的条件をベースに、他国との関係性や世界経済を国際的な視点から捉え、地理的要素や地域特性が政策や国際関係にどう影響するかを考察します。

ここで、国家間の関係性を理解するための重要な概念を知っておきましょう。陸上での軍事力や影響力を重視する国家を意味する「ランドパワー」と、海上での軍事力や海上交通路の確保を重視する「シーパワー」という2つの概念です。「ランドパワー」の代表的な国は中国やロシアで、「シーパワー」の代表的な国はアメリカや日本です。


地政学リスクとは

地政学リスクとは、特定の地域における政治的または軍事的な緊張の高まりが、地理的な位置関係によって、その地域や世界経済全体の先行きを不透明にするリスクを指します。

紛争・テロ・政変などは、金融市場や企業活動に大きな影響を与える可能性があります。

地政学リスクを引き起こす主な要因は、ロシアとウクライナの軍事衝突、イスラエルとパレスチナの問題、南シナ海問題などの国家間紛争です。また、テロやクーデター、抗議デモ、米中貿易摩擦などによる経済制裁や貿易制限も、地政学リスクを高める要因となります。さらに、最近では第2次トランプ政権による関税政策も、新たなリスク要因として注目されています。

経済活動に関するリスク

地政学リスクが発生すると国家が不安定になり、原油価格の高騰、関税引き上げ、為替の乱高下など、経済活動に悪影響を及ぼす可能性があります。実際にロシアがウクライナに軍事侵攻を開始した2022年には、小麦の価格が急上昇するなど、実際の市場にも大きな影響を及ぼしました。

人命・安全に関するリスク

国家間の紛争やテロ行為は、現地に滞在する従業員の拘束や逮捕により、直接的な生命の危険をもたらす恐れがあります。2024年にはミャンマーで日本人が拘束され、有罪判決を受けたものの、解放されて帰国するという事件が発生しました。

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地政学リスクの主な種類

テロ

過去には、イスラム国(IS)によるテロ攻撃や、アフガニスタンにおけるテロ事件が発生しました。また近年、とくに地政学的なリスクに起因するサイバーテロの脅威も高まっています。日本企業も、ロシアや中国が関与したとみられるサイバー攻撃により、大きな被害を受けています。

国家間紛争

「米中対立」は地政学リスクにおける重要な要因の一つです。米国は中国に対する輸出規制を行い、中国も対抗策を講じています。

両国はかつての米国とソ連のような緊張状態にあります。両国と関係の深い日本企業は、中立を求められる立場に置かれ、ビジネスの継続やサプライチェーンにも影響を受けています。

クーデター

ミャンマー、パキスタン、バングラデシュ、インドネシアなどアジア新興国では、政変や民族対立が発生しています。たとえばミャンマーのクーデターにおいて、日本は既存の援助のみを継続し、新たな援助は停止しました。海外からの直接投資は減少し、ミャンマーの経済状況は低迷しています。

抗議デモ

2022年、イランで「スカーフの着用方法が不適切だ」として拘束された女性が死亡した事件をきっかけに、大規模な抗議デモが発生しました。このデモは海外にも広がり、イスラム体制そのものに反対する運動へと発展しました。

海外に進出している企業にとって、こうした抗議デモは駐在員の安全を脅かす可能性があります。そのため、地政学リスクの重要な一要素として認識されています。

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企業が直面する可能性のある5つの地政学リスク

企業が直面する可能性のある5つの地政学リスク

1. サプライチェーンの混乱

サプライチェーンの混乱とは、原材料の調達から生産・輸送・販売を経て、顧客に商品が届くまでの一連の流れにおいて、組織の通常業務や供給ネットワークが滞ってしまう状態を指します。

戦争、貿易摩擦、国際情勢の不安定化などがサプライチェーンに大きな影響を及ぼします。

たとえば、ロシアとウクライナの戦争は農業・エネルギー製造業に広範囲な影響を及ぼしました。ほかにも、米中貿易摩擦は電子機器や半導体産業に混乱を招きました。

サプライチェーンの混乱は、需要予測・供給管理のずれ、コスト高騰、企業の収益への打撃など、企業にとって深刻な影響をもたらします。

2. ビジネスチャンスの喪失

特定の国や企業との共同研究開発は、国家安全保障上の懸念から困難になることがあります。これにより、新しい技術や製品の開発機会が失われたり、開発された技術が利用できなくなったりするリスクがあります。

また、重要技術の流出を防ぐため、企業は技術管理に細心の注意を払う必要があり、特定のビジネス機会を制限することもあります。

実際に米国政府は、自国製品の購入を優先する政策である「バイ・アメリカン条項」を制定しました。1933年の大恐慌の際に制定された「バイ・アメリカン法」に端を発しています。

米国の国内産業を保護し、雇用の確保を目的としているバイ・アメリカン条項は、米国国内の産業保護と雇用創出を目指しています。一方で、保護貿易主義の拡大につながるという批判も存在します。

3. サイバーリスクの高度化

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が発表した「情報セキュリティ10大脅威 2025」において、地政学的リスクに起因するサイバー攻撃が7位にランクインしました。

警察庁および内閣サイバーセキュリティセンターは、サイバー攻撃キャンペーンが、「MirrorFace(ミラーフェイス)」(別名「Earth Kasha(アース カシャ)」)と呼ばれるサイバー攻撃グループによって実行されたとして注意を喚起しています。「MirrorFace」は日本国内の重要機関、先端技術を扱う企業、研究機関などから、安全保障や科学技術に関する機密情報を窃取することを目的としています。

2023年には宇宙航空研究開発機構(JAXA)が攻撃を受け、内部資料が流出しました。AIの進化により攻撃は効率化しており、企業には迅速な対策が求められています。

4. 戦争・人権侵害への加担

近年、企業が地政学リスクに直面する中で、「戦争や人権侵害への加担」が重要な課題として浮上しています。

具体的には、意図せず自社製品に強制労働由来の原材料が含まれたり、人権侵害を助長する機器の部品として使用されたりするケースがあります。事業活動に支障をきたし、国際的な非難が広がる状況にもつながります。

国際社会では人権侵害に対して制裁や規制を課す動きが強まっています。企業は「取引関係に制裁対象者が含まれていないか」「サプライチェーンに人権侵害が疑われる物品が含まれていないか」を確認することが必要です。

このような状況において、企業には「人権デューデリジェンス(企業が当然に実施すべき注意義務および努力)」の強化が求められています。とくに武力紛争や暴力が蔓延する地域では、重大な人権侵害のリスクが高まるため、より徹底したデューデリジェンスの実施が欠かせません。

5. 従業員の逮捕・拘束

中国では、2023年の反スパイ法改正により、駐在員が突然自由を奪われる事例が多発しています。反スパイ法改正の問題点は、列挙された行為以外もスパイ行為とみなされるリスクがあることです。

実際に、2023年にはアステラス製薬の50代の日本人男性が逮捕され、懲役12年の有罪判決を受けました。この男性だけでなく、複数の日本人が逮捕され、実刑判決を受けた事例もあります。また、ミャンマーでもイオングループの男性社員がコメを高く販売していたことを理由に逮捕されました。

こうした事例から、事業を営む経営者は、従業員の安全確保に向けて十分な対策を講じる必要があります


企業が地政学リスクに備えるために必要なリスクマネジメント

サプライチェーンの可視化

サプライチェーンの可視化には、ITシステムを活用したデジタル化が不可欠です。可視化ツールの活用や機械学習の導入により、材料コスト、部品や製品の数量、物流状況など、多岐にわたる情報をリアルタイムで収集・分析できます。多くの可視化ツールは、IoTセンサーによるデータ収集や高度な分析機能も備えています。

自己評価

すべての地政学リスクを網羅的に追うのは難しいですが、自社が直面する可能性のある問題を整理して、類型化することは可能です。

特定の地域のサプライヤーへの依存度やそのサプライヤーからの供給が途絶えた場合の対応策、経済安全保障上の懸念などを評価し、優先順位を明確にする必要があります。

強靭化の施策

自己評価をベースに、地政学リスクを避ける方策を取ることが企業には求められます。特定の国のサプライヤーに依存している場合は、調達ルートを分散することが必要です。

たとえば、以前は中国に依存していましたが、現在はASEAN諸国やインドを重視する動きが広がっています。理由は、地政学リスクや経済安全保障上のリスクを企業が認識するようになったためです。

加えて、国内での調達・生産・販売を強化することも有効な選択肢となります。

リスクモニタリングとシナリオ分析

リスクモニタリングを継続的に行うことで地政学リスクに備えることができます。サプライヤーの動向を定量的に観測し、複数のシナリオを事業継続計画(BCP)に組み込むことで、シナリオ分析を通じた将来のリスク評価と戦略立案が可能です。

シナリオ分析では、以下の項目などを踏まえ、組織の戦略や財務への影響について評価します。

  • 原材料コスト
  • 操業コスト
  • 収益
  • 資産
  • 設備投資
  • サプライチェーン
  • 事業の中断
  • 影響が顕在化する時期

こうしたプロセスにより、企業は不確実性の高い環境でも迅速かつ的確に対応できる体制を整えることができます。

社内連携の強化

多くの企業が地政学リスクマネジメントを経営戦略上「重要」と認識しており、企業経営において定着しつつあります。対応力を強化するためには、社内連携が不可欠です。

次のような取り組みが必要となります。

  • 専門人材の育成
  • 情報収集と共有
  • 安全保障のインテリジェンス部門と経営層の密接な連携
  • サプライチェーン全体の可視化
  • リスク管理

こうした取り組みを進めるため、社外の専門家に相談するケースも増加しています。


地政学リスクへの対応は危機管理以外に事業活動の基盤を守るために重要

地政学リスクへの対応は、単なる危機管理にとどまりません。企業の持続的な成長と発展を支える経営基盤を強化するために不可欠な要素です。

日常的に、自社のビジネスへ影響を及ぼす可能性のある事態を事前に可視化しておくことで、有事の際には迅速かつ的確な経営判断が可能となります。こうした取り組みにより、企業は不確実な国際環境の中でも戦略的な選択肢を確保し、リスクを機会に変える柔軟性を持つことができます。

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まとめ

近年、グローバルな事業経営をめぐる外部環境はますます複雑化しています。テロ、国家間紛争、クーデター、抗議デモなどの地政学リスクが発生すると、企業の事業計画に支障をきたします。とくに懸念されるのが、サプライチェーンの混乱やビジネスチャンスの喪失、戦争や人権侵害への加担、従業員の逮捕や拘束など企業活動に直接的な影響がおよぶケースです。

こうしたリスクに備えるためには、地政学リスクの可視化、事業の強靭化専門人材の確保といったリスクマネジメントを戦略的に実施することが求められます。自社に専門人材が不足している場合でも、外部の専門家に相談することで、地政学リスクによる損失を未然に防ぎ、事業の継続性を高めることが可能です。


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この記事の監修者・著者:FPTコンテンツ制作チーム

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